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生活に「野生」を見出す。消費者がスポーツブランドに求めること。ニューバランス 鈴木健 #サプライジングパーソン

2023.11.16Premium Contents
生活に「野生」を見出す。消費者がスポーツブランドに求めること。ニューバランス 鈴木健 #サプライジングパーソン

ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。

今回のゲストは、株式会社ニューバランスジャパン マーケティング部ディレクターの鈴木健さんです。

1991年に広告代理店の営業としてキャリアをスタートした鈴木さんは、2002年にナイキジャパンへ転職後ブランドマネージャーなどを経験。2009年にニューバランスジャパンへ入社し、ブランドマネジメントやPR、広告などマーケティング全般を担当する他、直営店やEC事業責任統括も務めています。

鈴木さんが身を置くスポーツブランドの世界では、ここ最近ある変化が起きているといいます。その変化を見ていくうちに、人々が本能的に普段の生活で求めているものと、スポーツブランドを生活に取り入れる理由が見えてきました。

また今回の取材には、「TRUE MARKETING」のライターで弊社 マーケティングソリューション本部の五十嵐慧も参加しました。

(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)

成り行き任せでたどりついたスポーツブランドの世界

いいたか:
まずは鈴木さんのキャリアについて教えていただけますか?ナイキやニューバランスなど、アパレルにキャリアを置くことになった経緯をお聞きしたいです。

鈴木:
私のキャリアは広告代理店から始まりました。とはいえ、正直大学時代は働きたくないと思っていたんですけどね(笑)。

働き先を考えた時、実家が酒屋だったので小売や流通のことはわかるし、文学部だったのでなんとなく出版社やマスコミで働くイメージもできました。その中で漠然と「クリエイティブな領域で働きたい」と思い、広告代理店を選んだんです。

広告代理店では営業職として働く一方、大学時代は英文学を専攻していたので短絡的に「外資系で働きたい」と思い、別の会社に転職しました。その会社で初めてマーケティングについて学び、ブランドコミュニケーションに強く興味を持つようになったんです。大学時代に勉強していたことと、感覚的に近い領域に思えたんですよね。

さらに、その時流行していたアカウントプランニングの本を読み、「アカウントプランナーになりたい」と思い別の会社に転職しました。その会社の上司が辞めた後、「ナイキに興味ある?」と声をかけてくださったんです。

特になにも考えず「はい」と答えると、そのまま面接を経てナイキに入社することとなりました。「スポーツブランドで働きたい!」と思っていたわけでなく、広告やブランド領域で仕事をしたいと思った結果がナイキだったというわけです。

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いいたか:
偶然の産物だったのですね。ナイキに入社後は、どのような仕事に携わったのですか?

鈴木:
最初に配属したのは、当時新しく立ち上げられたゴルフ部門でした。30代前半だった私は、今後のゴルフ部門を成長させるための広告担当として抜擢されました。事業会社での仕事に慣れたりゴルフについて学んだりと大変でしたが、ある程度自由に企画を展開できたのは楽しかったですね。

ゴルフ部門に携わり始めた2000年代前半は、ブログの文化も浸透してきて、今でいうインフルエンサーがいたり趣味にまつわるコミュニティが形成されたりしていました。そこで、ゴルフコミュニティの方々を招待してPRイベントを開催して、ゴルフ関連の商品を紹介して「皆さんぜひ使ってみてください」とプレゼントしたんです。

すると、招待された皆さんは熱心に商品の写真を撮って、ブログでも紹介してくださったんです。ソーシャルメディアが発達していない時に、「お客様とのコミュニケーションがコンテンツになる」というのを実感した瞬間でした。

いいたか:
それは面白いですね。ナイキに在籍中は、ずっとゴルフ部門で働いていたのですか?

鈴木:
いくつかの部門を異動しながら、キャリアの最後にはウィメンズの仕事を担当しました。この部門では、ナイキで長年活躍してきた上司と働いたんですが、この方がなかなかエネルギッシュな方でしてね。

代理店から広告のコピーが提案された時、すべての案がボツになることが何度かありました。「もう一度出し直してもらいますか?」と言うと、上司は「もう時間がない。あとは私達で考えよう」と言い出したんです。当然、コピーが完成するまで帰れませんでした(笑)。

私はそれまで、これだけの熱意でブランドに向き合う人と会ってきませんでした。ナイキで働く人のブランドに対する姿勢を、間近に感じることができた体験でしたね。

ナイキはマーケティングの姿勢もユニークでした。例えば、ナイキではマーケティングディレクターがすべての仕事に目を通し、OKが出ないと世に出せません。必然的に、マーケティングディレクターはものすごく多忙でした。

ちなみに、ナイキのディレクターは日本人以外の外国人が就任することが多かったのですが、その全員が「ブランドはこうあるべき」という観点を明確に持っています。そのため、チェックの目も非常に厳しいんです。

その上、ナイキでは同じ企画を繰り返しません。全く同じことをやらないというわけではありませんが。ストライクゾーンに「置きに行く」アイディアは採用してくれないんです。『聖闘士星矢』というマンガに、「聖闘士(セイント)に同じ技は二度も通じぬ」というセリフがあるのですが、このことか!と当時は勝手に納得していました(笑)。

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いいたか:
聞けば聞くほどユニークな点が見つかりますね。そこから、どのようにニューバランスへ転職したのですか?

鈴木:
そろそろ別の会社で働こうかなと思っていた時、ナイキ時代に知り合った方から「うちに来ませんか?」と誘われました。声をかけてくれたのは、現在ニューバランスジャパンの代表取締役社長を務める久保田伸一氏です。

同じ業界とはいえ、ニューバランスのことは何も知りませんでした。入社後はずっと、他国のマーケット担当者も集まるミーティングで広告アイディアに対して、「この広告の戦略は何?」と聞きまくっていました(笑)。

いいたか:
就職も転職も、毎回のように未知の世界に飛び込んでいる鈴木さんらしい行動ですね。

鈴木:
キャリアだけを見るとすごいと思われるんですが、私としては何も考えずにあっちこっちを渡り歩いているだけなんです(笑)。

ニューバランスで働き始めて10年以上になりますが、その間会社の規模も徐々に大きくなっていきました。私はそれぞれの成長段階に対して、必要なタスクをこなしてきたという感じです。

いいたか:
成長段階に応じて必要なタスクも変わったということですが、コロナ禍によってニューバランスやスポーツブランドの戦略に変化はありましたか?

鈴木:
生産や物流が滞るなどの問題は発生しましたが、実はそこまで大きな変化は起きていません。

スポーツでいうと、コロナ禍ではゴルフやキャンプが一気に盛り上がりを見せました。このままどちらのカテゴリーも急成長するのかと淡い期待を抱きましたが…、最近はむしろコロナ以前に戻った印象です。ECも同様で、そこまで大きな盛り上がりにはつながりませんでした。

一方で、SDGsやサステナビリティへの温度感は、ヨーロッパを中心にここ数年で一気に増しました。スポーツブランドにおけるサステナビリティ問題というのは、資源とエネルギーの問題に直結します。これらの問題の解決に向けて、以前より大きなアクションが求められている気がします。

例えば、現在多くの競合ブランドが※カーボンフットプリント(CFP)の低い商品を打ち出しています。このアクションに対して、環境に優しい商品を1つ作るだけでは大きく注目されません。ラインナップの半数以上を環境に配慮した製品にするといったアクションをして、はじめて社会から注目されます。

※カーボンフットプリント(Carbon Footprint of Products)
商品・サービスの原料調達から製造・廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される、温室効果ガスの量をCO2に換算・算出した指標

五十嵐:
それくらい大きなアクションを取ることで、はじめてインパクトのある動きとして認知されるわけですね。

スニーカーの黄金期を支えたスーパースターの不在

五十嵐:
ナイキもニューバランスもスポーツブランドであり、同時にスニーカーというカテゴリーに強いブランドだと認識しています。スニーカーは、価格面や性能、デザインなど消費者が商品を選ぶ要素が多岐にわたる商品だと思います。ニューバランスは、主力商品であるスニーカーの商品設計やマーケティング戦略を、どのように考えているのでしょうか?

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鈴木:
大前提として、スニーカーという文化のピークはすでに過ぎ去ったと思っています。おそらく、スニーカーの文化は1990年代頃がピークで、今はその時の遺産で食いつないでいるという状態なのかなと。

少し歴史の話をすると、1970年代頃まで、スニーカーに用いられる化学物質的な技術はそこまで発達していませんでした。1980年代以降にスニーカーにまつわる技術の進歩は一気に進んだ一方、現在は新しい技術を提供できるスキマが非常に狭まっている状態です。一時期は3Dプリンティングでのオーダーメイドが注目されましたが、一足あたりのコストが高くなかなか普及できていません。

さらに80年代は、世界を熱狂させるスポーツ選手をシグネチャー(象徴)としたスニーカーが打ち出された時期でもあります。2023年に公開された映画『AIR/エア』では、1980年代を舞台に、マイケル・ジョーダンを冠したシューズ「エアジョーダン」が誕生した背景が描かれています。

五十嵐:
スーパースターの存在が、スニーカー人気を一気に加熱させたのですね。

鈴木:
それに対して、2010年代や2020年代のスニーカー界隈で、この現象と同じくらい白熱した出来事はありません。それを示すように、最近では80年代90年代の作品の復刻版が多く販売されています。

当然、今の方が昔よりも優れた商品を作ることができます。大事なのは、スニーカーは黄金期が終わったということを理解して、コンテキストを作り直すということです。ですが現在、マイケル・ジョーダン以降のスーパースターを、スニーカーはまだ見つけられていないというのが大きな問題なのだと思います。

スポーツブランドにおいて、スーパースターの存在は欠かせません。スター選手たちのパフォーマンスに興奮して、その姿に共感したり同一化したりしたいという想いが、ファンの心理にはありますから。1970年代以前にはラコステの創設者ルネ・ラコステやアディダスの「スタンスミス」の由来であるスタン・スミスなど、テニス選手がスポーツシーンでのシグネチャーでした。

ニューバランスを含むスポーツブランドのミッションは、次のシグネチャーとなるスター選手を見つけることだと思っています。

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競技者から生活者主体へ。人々は「野生」を求めている?

鈴木:
一方で、スポーツブランドには別の面白い流れが生まれています。それは、スーパースターのような競技者を中心としたものではなく、生活者に近い位置でのブランド形成です。より健康的かつスタイリッシュに過ごすという観点で、スポーツブランドは成長の可能性を秘めているんです。

ジムでの筋トレや皇居ランなどは、必要以上に運動する行為であり競技者以外には不要です。しかし、運動をしないと自分の生命力が減ってしまう感覚があるという人は、少なくない気がします。たくさん運動をして汗をかくという行為は、自分の生命力を感じたい、もっと言えば「野生を感じたい」という気持ちの表れと言ってもいいでしょう。

この現象を象徴するのがザ・ノース・フェイスやパタゴニア、スノーピークのようなアウトドアブランドです。特にダウンジャケットは山で着るようなヘビーデューティな機能製品でありながら、街中で着るといった需要で大きく成長してきました。本来、ダウンジャケットは登山で着るものなので、普段着としては完全にオーバースペックです。しかし、高機能かつおしゃれなデザインというポジションが、多くの消費者に受け入れられています。

この視点で考えた時、スノーピークも非常にブランドメッセージがうまいと感じています。スノーピークは、自然と触れることによる人間性の回復をうたっています。街中のような安全な場所ではなく、BBQやキャンプといった野遊びを通じて、人間のうちに眠る野生を解放しようというわけです。

五十嵐:
競技者だけでなく、生活者もどこかで自分の生命力を解放させて野生を感じたいと思っている。その想いがアウトドアブランドやスポーツブランドの商品を選ぶ動機につながっているというのは、非常に面白い考え方ですね。

野生と快適さの両立。ストレスをどうリリースするか

鈴木:
さらに私は、自分の肉体を実感したい・野生を感じたいという欲求には、快適な状態でいたいという欲求も同時に存在していると思っています。この両方の軸が、スポーツブランドやアウトドアブランドには大事な要素だと思うんです。

いいたか:
矛盾している欲求に見えますが、どういうことでしょうか?

鈴木:
分かりやすい例にサウナがあります。サウナ室で高温・熱波に耐えるというのは、どう考えてもしんどい行為じゃないですか。それでも、ととのったりスッキリした気持ちを感じたりするには、まったく快適ではない環境を経ることが重要です。

この「辛い状態を乗り越えて爽快感を味わう」というのは、サウナもアウトドアも同じだと思いませんか?快・不快の両極端に振れることが、野生や生命力を感じるにはとても大切なんです。

逆に言うと、安全性・快適性を確保されている状態だからこそ、肉体を動かしたくなるとも言える気がします。完全防水のシューズを買ったら、かえって雨の中を歩きたくなるみたいな(笑)。雨という苦しい状況で、自分は快適でいられるという感覚というと分かりやすいかもしれません。

運動にただ取り組むだけではつらいところに、「運動したらビールが飲める」という楽しみを内包させるのも、同じく生活を豊かにする要素なのかなと思います。

実際に新しい競合を見ていると、従来の意味でのプロスポーツへのスポーツマーケティングを積極的に行わないブランドが目立ちます。スポーツ選手との契約は積極的に行わず、むしろ「自分の生活で快適性と強度をどうバランスさせるか」に重点を置いているという印象です。

いいたか:
生活者を主体に置くことで、スポーツやアウトドアのような運動に対して、快適性やおしゃれなどさまざまな要素が結びつくようになったのですね。

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鈴木:
ちなみに、ニューバランスはかつて「メトロポリタンコンシューマー」というターゲット設定をしていました。メトロポリタン=都会人は非常に多忙で、スポーツや自然に触れる時間をなかなか確保できません。だからこそ、野生・生命を実感できるタイミングを求めています。

そこで、会社で許可されているという条件付きではありますが、スニーカーで出勤すればスキマ時間で運動できます。これこそが、私たちが考えるメトロポリタンコンシューマーのインサイトだと思うんです。

メトロポリタンコンシューマーという観点で考えると、どのようにストレスをリリースするかも重要だと思っています。例えば他のスポーツブランドでは、寝る時間をスポーツと捉えて「睡眠の質を高めることでパフォーマンスを上げる」というコンセプトの商品を販売しています。

いいたか:
限られた時間でうまくストレスをコントロールして、運動を取り入れつつ自分の人生を取り戻す。そこまでを考慮した上でスポーツブランドは戦略を練っているのですね。

鈴木:
とはいえ、ただ快適なだけではダメで、野生や運動による負荷=ストレスも重要です。このバランスをどう打ち出していくかが、スポーツというトラディショナルな要素以外での大きなビジネスチャンスだと思っています。

いいたか:
ストレスとそのリリースのバランスですか。確かに面白そうな分野です。

鈴木:
この課題は「ウェルビーイング」にもつながると思います。現代はウェルビーイングの追求において、フィジカルとメンタルを区別したがる傾向が強いです。しかし、この2つはセットで考えるべきだと私は思うんです。

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鈴木:
私たちは無意識的に、自分の環境をコントロールしています。例えばカフェに入った時、自分が座りたい場所を自然と選択しているじゃないですか。これは「席に座る」というフィジカルの体験だけを重視しているのではなく、周りの空気感がメンタルに影響すると分かっているからなんですよね。

その点、スポーツやアウトドアのように「外で何かをする」という行為は、フィジカルとメンタルのバランスが非常にいいです。トラックを走ったり、山でたき火をしたりBBQをしたり。自分でコントロールできる部分・できない部分を総合的に体験できるのが、アウトドアのよさだと思います。

ある時、ヘッドセットで瞑想を補助するソフトウェアを開発している会社の担当者さんから、ニューバランスと一緒に何か出来ないか相談を受けたんです。その技術は面白いと思いつつも、体を動かすという実感があってこそフィジカル・メンタル両方でストレスとリリースを感じられるという考えがあったので、そこまで興味が持てませんでした。

五十嵐:
デジタルだけでは難しい、トータルの体験がアウトドアにはあるというわけですね。

文化を生み出すインスピレーションを探し続ける

いいたか:
現在のスポーツブランドやアウトドアブランドを取り巻くニーズに対して、ニューバランスは今後どのようなアクションを取っていきたいと考えていますか?

鈴木:
スポーツにおけるスーパースターを見つけ出すことと、お客様の生活に根ざしてブランド設計していくことの両方が大事だと思っています。その上で、ニューバランスというスポーツブランドとして「文化をつくる」ことにも挑戦していきたいです。

黄金期が過ぎたとはいえ、スニーカーがこれだけ人々に愛されているのは、文化の1つとして成立しているからだと思います。それと同様にニューバランスが文化になるインスピレーションを、私は探し続けています。

大事なのは、このインスピレーションというのは「なんでもあり」という観点です。スポーツやライフスタイルだけでなく、今ならゲームがインスピレーションになるかもしれません。eスポーツで大きな影響力を持つ人が、マイケル・ジョーダンのようなシグネチャーになる可能性だってあります。

昨年11月、スニーカーショップのatmosとリーボック、そしてベビースターラーメンのコラボスニーカーが発表されて話題になりました。これはラーメン自体が文化として定着しているからこそ、成立した企画だと思います。

これまでまったく意識していなかった文化が、スニーカーや他のアパレルとコラボすることで新たな文化として定着してもいいのではないか。そんな風に今は考えています。

ニューバランスは歴史が長いブランドで、時代に沿って深化し続けてきました。多くのアーカイブを持っているという点が強みなので、文化を作る上で欠かせないストーリーを描きやすいと思っています。

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飯髙悠太(いいたかゆうた)
ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。
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