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全力でバットを振ろう。合理性の外の「余白ある世界」を作ろう。arca 辻愛沙子 #サプライジングパーソン

2023.05.10Premium Contents
全力でバットを振ろう。合理性の外の「余白ある世界」を作ろう。arca 辻愛沙子 #サプライジングパーソン

ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。今回のゲストは、株式会社arca(アルカ)代表取締役、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さんです。

クリエイティブを通じて社会課題にアプローチする「クリエイティブ・アクティビズム」を提唱する辻さん。数々の企業のクリエイティブに関わる他、報道番組『news zero』の水曜パートナーを務めるなど、多方面で活躍しています。

華々しいキャリアとは裏腹に、一心不乱に全力で走り続けてきた結果、今の自分があると辻さんは言います。そんな辻さんのキャリアへの考え方と、これからの企業や社会のあり方を伺いました。

(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)

全力でバットを振れる場所に出会えた

いいたか:
辻さんが広告業界に身を置こうと思ったのはなぜですか?

辻:
広告業界に行きたいという思いは、学生時代からずっと持っていました。元々映像制作に興味があったんですが、私は集団行動が苦手な子供で。中高と海外で生活していた時も含めて、地に足のついていないふわふわした孤独感がありました。

私のように孤独を感じている人に、何かを届けたい。そこで、よくも悪くも「広くあまねく情報が届く媒体」である広告に興味を持ち始めたんです。

広告は、興味関心の幅が広くて常に好奇心を刺激し続けていたいという、私の性にも合っていると思いました。自動車や時計や化粧品など、あらゆる業界と関わることができますから。

いいたか:
そして、前回のゲストだった株式会社DE(ディーイー)共同代表の牧野圭太さんが副社長(現在は退任)を務めていた、株式会社エードット(現株式会社Birdman)に入社したと。

辻:
エードットは、大学在学中のインターン先でした。その頃の私は、「インターンを通じて自分のやりたいことを見つけて、ゆくゆくは大手広告代理店に就職したいな」と思っていたんです。当時20名いるかいないかという規模のエードットに入社しようと思ったのは、「バイブスが合った」としか言いようがありません。

私は小さいころから猪突猛進タイプで、学生時代は一生懸命何かに取り組むことを冷笑するような雰囲気に、モヤモヤしていました。

エードットでは、ベンチャーらしいフラットな空気で、インターン生の私にもたくさんの機会を与えてくれたんです。クライアント先につれて行ってもらって、「辻はどう思う?」と話を振ってくれて。自分のターンが来た!と思った私は、とにかく企画書を出しまくったし、それが許される環境でした。

全力で目の前の仕事に取り組むことで、クライアントも喜んでくれるし、その先にいるお客様も楽しんでくれるし、ほめてもらえる。学生時代のモヤモヤと打って変わって、全力の姿勢を尊重・応援してくれる大人がいるという環境は、私にとって衝撃的でした。

「仕事ってなんて楽しいんだろう」と強く思うようになり、気づけばインターンを開始して2週間後、大学在学中にエードットに入社していました。

ちなみにエードットのインターン時代、各部署を順に巡るフローになっていたんですけど、どうしてもクリエイティブ部署にいきたいとごねにごねたんです。

それが自分のパフォーマンスを一番発揮できる道だと思いました。それに、エクセルなどの作業が壊滅的にできないので、総務を担当したら仕事できないやつ認定されてしまう!という意味合いもありました。そう思うと、得意な領域に全振りする傾向はずっと同じなのかもしれないです。

その結果、一生の師匠と呼べる存在である牧野さんの下で働けたのも、人生の大きな岐路だったと思います。

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いいたか:
辻さんの願いを聞き入れた牧野さんもすごいですが、学生時代にそこまで主張できた辻さんもすごいですね。

辻:
この時、「〇歳までにクリエイティブディレクターになる」「○○賞を獲る」「○○さんに師事する」といった、逆算して考えるキャリアプランは全くありませんでした。むしろ、その瞬間立つことのできる打席で、全力でバットを降り続けた結果が今につながっているように思います。

エードット以降のキャリアも、「思い描いていた道を歩いてきた」というキラキラした感じではありません。猪突猛進で野性味あふれる性格のまま、修羅の道を歩んできたというイメージの方が近いです(笑)。

いいたか:
社会に出てから、全力を出せる「本気の遊び場」を手に入れたのですね。

「どうあるべきか」から逆算してやるべきこと・やりたいことに取り組むという考え方が、社会の風潮としては主流です。ですが、私は辻さんのように「どうありたいか」ではなく「何をやりたいか」が先行した生き方だってあってもいいと思っています。できること・やるべきことに全力で取り組めていれば、「どうありたいか」はいらないとすら考えています。

辻:
現代社会は、「何者かにならなければ」という呪縛が強すぎると思います。

最近のトレンドである「D2Cでブランドを立ち上げる」というアクションに、私は違和感を覚えるんですよね。

ブランドを作ることもD2Cという販売手法をとることも、あくまで手段でしかないはずなのに、資本主義的なトレンドによってそれ自体が目的になってしまっているのを感じます。本来"ブランド"は、いいものを作っていった結果でしかないはず。最初からブランドを立ち上げるために物を作るというのは、一見合理的に見えるけれど矛盾していないかなと。

「どうあるべきか」は、あくまでやってきたことの結果でしかありません。私はずっと、泥臭くありたいなと思っています。

偶発性が生んだ『news zero』出演

いいたか:
私が辻さんとはじめて会ったのは、かれこれ5年ほど前にさかのぼりますね。それから現在に至るまで、辻さんは『news zero』を含む多くのメディアに出演するようになりましたが、生き方や仕事へのスタンスは一貫して変わっていない。それがすごいなと思います。

辻:
『news zero』の出演が決まったのも、数奇なめぐりあわせによるものでした。というのも、私が手掛けていたスイーツの企画について、とあるメディアの方が試食会に来てくれて記事にしてくれたんです。

その記事を読んだ『FNNプライムニュース α』の担当者さんが、密着取材をしてくれて。さらにそれを観た『林先生が驚く初耳学!』のディレクターさんが連絡をくれて、その放送をきっと『news zero』の担当者さんが観てくれて…。

という感じで、「メディアに出演したい!」という思いからではなく、あくまで自分が手がけてきたものをきっかけに連鎖が生まれて、今のキャリアが出来ていった感じなんです。打算からではなく、まずは自分がその時できるアウトプットに集中することが大事なのかなと。

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いいたか:
「これをやりたい」が生んだアウトプットが、他の誰かとの接点を生んだのですね。

辻:
ビジネスでは将来を見据えて計画・目標を立てることで、確実性を高めることがとても大切です。一方で、私は「やってみないと分からない」という偶発性も世の中には存在すると思っています。

全力で打席に立ってバットを振っていれば、それを見てくれている人はちゃんといるんだと、身をもって体験しました。また、『news zero』出演の声がかかったタイミングも、私にとってはすごくよかったと思います。

いいたか:
タイミングというと?

辻:
出演前の打ち合わせで、担当者さんに「報道番組のあり方についてどう思うか」というテーマで、いくつかの質問を受けました。当時はSNS関連の企画が多く、「速報性の価値」というのが自分の中のホットトピックでした。

例えば渋谷で火災が発生した時、その場に居合わせた人が動画撮影してTwitterに投稿する方が、報道番組の速報より圧倒的に早いじゃないですか。もはや速報性においてはどんなメディアもかなわない。でも、信頼性や解説などの専門性においてはやはり既存のメディアだからこその価値があると思っていて。

ニュースには語源通り「New(新しい)」の要素が必要です。しかし、タイムリーな情報だけではなくもっと腰を据えて、情報を解説・発信していくという姿勢も重要なのではないかと思っていたんですよね。当時そういう話を、父や身近な人とよく話していました。

これは私のいち意見に過ぎず、当時は仕事として何か世の中に提供したり貢献できるものではなかったんです。でも『news zero』は、私が今の社会に思うことを存分に話していい場所でした。エードットのように、「全力を出してもいい場所」にまた出会えたんです。

改めて、本気で考えたこと・やってきたことは、ムダにならないなと感じました。ビジネス的には一見非効率に見えること、今すぐ実を結ばない種のようなものを、常に持っていたい。仕事をするうえで、そういう意識をより強く持つようになりました。

とはいえ、まさか自分が有働由美子さんの横に立つなんて想像もしていませんでした。しかも、月曜日は櫻井翔さん、火曜日は落合陽一さんというレギュラーコメンテーターの並びで、水曜日が私なんですよ!なんでなんだ!?って自分でもふと不思議に思うことはあります(笑)。

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私がやりたいのはクリエイティブ

いいたか:
話を聞いていると、辻さんは今も昔も、自分のプレイスタイルがずっと一貫していると感じます。

辻:
報道では報道で、クリエイティブではクリエイティブで、会社経営としては会社経営で。それぞれで自分が役に立てる領域があって、全力で期待に応えていきたいという感覚は、新卒時代から変わらないですね。ダメダメな部分はたくさんありますが、根が真面目なんだろうなと。自分で言うのもなんですが(笑)。

ただ、昨年はちょっとしたスランプに陥っていました。これまで大切にしていた偶発性から切り離されて、自分の“型”が固定化されていくという感覚があったんです。

会社の経営も順調だし、キャリアも悪くない。にもかかわらず、周りからの期待に全力で応えれば応えるほど、世の中の求める「辻愛沙子」というイメージが固定化されていく気がしていました。自分の人生の舵を自分で握っている感覚が失われていく。そういう言い知れない不安を抱えるようになったんです。

私が本来やりたいことは、課題を届ける"ジャーナリズム"ではなく、解決の糸口を作る"クリエイティブ"です。報道に関わらせていただく中で、ジャーナリズムの真髄やその意味、意義を目の当たりにしたからこそ、餅は餅屋として、私は自分にできる領域で社会に向き合いたいという思いが改めて強くなりました。

人の気持ちが動くもの、ワクワクするものを作りたいという思いが行動のベースにあり、その手法を用いて、社会課題に向き合っていきたいと考えています。そして、そのアウトプットの場が広告なんですよね。

例えば、arcaでは健康診断にちなんだ「ワンコイン・レディースドック」というイベントを開催したことがあります。

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Ladyknows Fes 2019 supported by NISSAY

健康診断で助かる命は少なからずあるし、それを訴えるパワーを広告は持っているはずです。年間7兆円規模という広告市場のほんのわずかでもいいから、社会課題を解決するために使う。そうした活動が、ちゃんと企業にも還元される座組を考えていきたいんです。

いいたか:
まさに、辻さんが取り組む「クリエイティブ・アクティビズム」ですね。

辻:
しかし、社会課題と向き合う時は「風紀委員」的な姿勢が強く求められるし、自分もそうあらねばと感じてしまうことが増え、新しい挑戦がしづらくなっているのを感じはじめていきました。本当は、3月に開催した「KIFFma(キフマ)」のように、やりたいこと・作りたいことが山ほどあるんです。

KIFFma(キフマ)

arcaとDEの共同事業としてスタートした「寄付とつながるサスティナブルマーケット」。さまざまな人やブランドさんに、古着や在庫品などのアウトレット品(一部、新品だけれど社会的意義のあるもの)を出品してもらい、売上の10%〜90%が寄付される仕組み。

サービスもそうだし、ブランドもそう。しょうもないダジャレから生まれた商品もあります。事業化のハードルがものすごく高く、ペンディングしてしまった「アイディアの墓場」に、これらの企画書がたくさん積み上がっています。今年は、とにかくそれらをひとつずつ実現していく年にしていこうと思っています。

そのひとつが、「女性のためのスーツ」です。

私はずっと、「女性が仕事で着る一張羅ダサい説」を唱えています。高級なフルオーダースーツはともかく、既製品の女性用スーツは必要以上にウエストの曲線が強調されていて、曲線美のためにポケットのついていないデザインが多いです。

これって、働くための服として機能性が担保されていないじゃないですか。見た目もリクルートスーツっぽくて、洗練されていません。

私は自由な服装をしていますが、これは意思が強いからではなく、働く環境のおかげだと思っています。オフィス街で働いていればきっと私も今のような服装はしにくいと感じるはず。同様に、スーツやフォーマルウェアで働く女性は服装の選択肢がないせいで、自分らしさを手放さざるを得ない状況にあるのではないでしょうか。

見た目に意思が宿るというのは、すごく大切な観点だと思っています。ですが、スーツで働く女性の多くは、その意思を表に示す余白がないんです。

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話がそれますが、イタリアのジャケット(紳士服)には「中で遊ぶ」という文化があります。表地をグレーや黒、ネイビーでフォーマルに決めつつ、裏地をすごく派手にして、個性を出すんです。

私はそれを聞いて「これだ!」と思いました。見た目はしっかりフォーマル使用だけれど、生地や裏地選びを通じて"意志の強さ"を内に秘めながら戦えるスーツ。そういう女性向けのスーツを作ろうと思ったんです。

名前を刺繍する代わりに、女性をエンパワーメントするコピーを選べるというのもありだと思いました。「今の会社や社会のあり方に、言いたいことは山ほどある。普段は黙っているけれど、裏地のすごく強い言葉が常に私の味方をしてくれている」みたいな。

いいたか:
来客にお茶を入れるのは女性社員の役目とか、会議後のホワイトボードを消すのは女性社員の役目とか。ステレオタイプ的なジェンダー規範にモヤモヤしている女性の、味方になるようなスーツですね。

見えないところで意思表示できるスーツというのは、男性にもすごく需要がありそうだと思いました。

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何が起こるか分からない余白を生み出すためのラボ作り

辻:
仕事や大切な場面で、自分を鼓舞してくれるのが一張羅の役割じゃないですか。そういう役割を体現したスーツのブランドを作りたいなと思ったんですが、スーツの原価などの問題で、事業化のハードルが高く足踏みしていたんです。

でも、できない理由ばかりを考えるのは一旦やめにしました。スーツについても、まずは形を作ってからどう届けるか・事業化するか考えようと決めたんです。幸運にも、ディオールでオートクチュール(高級服の仕立て)を担当していた方と出会い、型を作っていただきました。

ファーストサンプルはそこまでコストがかかりません。エッジのとがったスーツをきっかけに、どこかの企業の制服をプロデュースできるようになるとか、コラボが生まれるかもしれません。そういうアクションを生み出すにも、まずは「いいプロダクトを作る」のが先です。

スーツ以外にも、子育て中のメンバーが抱える悩みを解決するような商品アイディアも検討しています。私はお酒が好きなので、クラフトビールや焼酎も作ってみたいんですよね。そういう社会課題以外の商品も、現在企画中です。

ゆくゆくは、次々実験的なプロダクトが発表される"ラボ"を作りたいんです。「第一弾は女性向けスーツ。今後も第二弾第三弾と、わくわくと課題解決を叶えるプロダクトを出していきます。一緒にものづくりをする企業さんや職人さんも募集中!」といったように。

よく会食の席で、「何かやりませんか」と言ったはいいものの、その場で終わってしまうケースがあるじゃないですか。そういうふわっとしているけど面白いアイディアを、全回収できるようなカサとしてラボを活用したいなと。もちろん戦略は大事ですが、採算やブランディングなど、手段を理由に動けなくなるのは本末転倒ですから。

いいたか:
それはすごく面白いですね。

辻:
どれだけ小さくてもいいから、まずは形にしてみるのが大事だというのは、KiFFmaや『Ladyknows(レディーノーズ)』で強く感じました。

Ladyknows(レディーノーズ)

2019年4月にエードットがスタートさせた、女性の健康や生き方・働き方をエンパワーメントしていくプロジェクト(現在はarcaが主宰)。辻愛沙子氏がプロジェクト発起人を務め、オフィシャルサイトでは、ジェンダーの問題や仕事や結婚・パートナーにまつわるコンテンツを展開するほか、各種イベントを開催している。

KiFFmaでは会場設営だけでなく、品出しやシミ抜きもやったんですよ。ビジネスは「脱・属人化」が鉄則とされていますが、BtoBの広告事業が足腰にある会社だからこそ、こういう非効率的なことにもチャレンジすべきだと思っています。

そういう「何が起こるか分からない余白」を、最近また作れるようになりました。半年〜1年後には、また違うフェーズに行ける気がします。「ラボすごく大変です」と言っているかもしれませんが(笑)。

そのためにも、もっと積極的に会食など外との交流もしていった方がいいんですけどね。決算でも「交際費が少なすぎる!」と驚かれてしまったし…。でも、必要だと思う課題に誠実に向き合い続けた結果、人とつながるというのがコミュ症な私なりの交流のあり方なんだと、最近は考えるようになりました。

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経済合理性からあえて外れる余白を残す

いいたか:
今の話には、辻さんの人柄がよく表れているなと感じました。おそらく、辻さんにとっては「非連続性」がとても大切なキーワードなのでしょうね。牧野さんの元を離れて、エードットグループの子会社としてarcaを立ち上げたのも、その後グループから独立したのも、さまざまな思いがあったのかなと。

辻:
牧野さんとは本当に仲良しで、数えきれない企画を一緒に担当しました。思想的な部分で多くの影響も受けたし、今でもプロジェクトでご一緒するたびに「最高だな」と思います。毎回「どうやったらこんなコピーが作れるんだろう」と驚かされていました。

それでもarcaを独立させたのは、牧野さんと重ならない私も大事にしたいと思ったからです。

エードットの子会社である株式会社カラスに移籍後、カラスのクリエイションを並べてみた時、明らかに私の案件だけトンマナが違ったんです。私の担当した仕事は「辻案件」と呼ばれるようになり、指名の案件が増えていく喜びと同時に、孤独感すら覚えるようになったんですよね。学生時代に感じていた疎外感が、またやってきたなと思いました。

私はクレジットを何より大切にしていて、チームとして働くことにすごく憧れていたので、私以外のメンバーが不可視化されるのはすごくイヤだったんです。

同時に、こうした「周りとの違い」は悪いことではないとも思って、子会社であるarcaを作ることにしたんです。2021年には自己資本比率100%の会社として独立しましたが、今も牧野さんとはすごく仲良しです。別々の会社になったことで、むしろいい距離感を築けているなと感じています。

今は、ラボを作ったり社内からのアイディアを企画化したりするために、頑張って資金繰りしなきゃ!という感じです(笑)。

いいたか:
正直、資金繰りはあまり考えたくないですね…。企業である以上、経済合理性を追い求めるのは当然ですが、一方で偶発性から生まれるものも大切にしたいという気持ちがあります。どこか破天荒な自分でいたいというか。

辻:
すごく分かります!経済合理性だけを追い求めていくと、結局あらゆるプロダクトが同じものになっていくし、結局巨大資本の企業しか勝てなくなるなと。資本主義社会である以上、経済合理性は当たり前に考えるべきことですが、意識的にそこから外れる場所を作ることも、今後の経営では大切だろうなと感じています。

私は渋谷区生まれ渋谷区育ちで、渋谷は愛すべき街なんですが、最近は都市開発であちこちにビルが建てられているじゃないですか。そして気づけば、長年愛されていたミニシアターがなくなっていたりして…。

そういう街の変化を見ていると、ふと「公共性」という言葉について考えたくなるんです。

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辻:
公共性って、経済合理性の外に余白を残す行為と同じなんですよね。例えば、公園を更地にして20階建てのビルを建てるとします。年間の収益はこのくらいでそこからの税収は…と考えると、公園をなくすほうが絶対合理的なんですよ。

一方で、公園があることの意味はといえば、子供が遊べるとか、人々のコミュニケーションを生むとかでしょうか。どちらも定量化できない要素で、経済合理性という抗いにくい流れに対して、「公園を残す」と決断するには相当な覚悟が必要です。

それでも、一見"合理的"で"儲かる"選択ではない、より人が人らしくいられるための人間的かつ文化的な選択を意志を持って選択していくことが、今の社会には必要なんじゃないかと思うんです。

ミニシアターが減りつつあることについても、「ビジネスとして成り立たなくなったから、自然淘汰されただけ」と言い切ってしまうことはできます。ですが、公園もミニシアターもその街をその街たらしめる、文化にとってかけがえのない存在です。

それらを「残す」ことを企業や行政などが意思を持って選択するべきなんです。経済活動の外側の、ほんの少しの余白でいいので。

いいたか:
SDGsという言葉が企業にも浸透して、経済合理性だけでなく社会性も重視しようという風潮は、広まりつつありますよね。とはいえ、経済合理性以外の公的価値というのは、企業の利益や株主からの理解を得られにくいというのが、現状の課題に感じます。

辻:
生活者側の意識も、変わっていかなきゃいけないんだと思います。広告の仕事に携わるまで、企業というのはすごく強大な組織だと思っていました。しかし、フタを開けてみるとそこにはひとりひとりの人間がいて、リスクがある挑戦にはなかなか踏み切れません。

社会課題に基づいた提案に対して、クライアント側も当初はやりたいと意思表示していたものの、ストップしてしまった案件も少なくありません。その背景には、「生活者が選んでくれるか分からない」「炎上したらどうしよう」という恐怖心があります。人である以上、当たり前の感情ですよね。

炎上した企業さんから相談を受けることもよくあります。企業の「中の人」も炎上を狙っているわけではなく、真剣に取り組んで間違えてしまうこともあるわけです。それでも、生活者にとって企業は巨大な権力に見えていて、社会課題に対して「企業は動いてくれない」という不満を抱いています。

その指摘はすごくよく分かる一方で、生活者側とのコミュニケーションが必要だなと強く感じるんです。

私はメディアに出る仕事もしているので、少しでも啓蒙活動につながる発信・発言が出来ればなと思っています。また、arcaでは「SocialCoffeeHouse」という、社会課題とカルチャ―を学ぶオンラインスクールも運営しています。すごく時間はかかると思いますが、こうした活動から、生活者側と企業との意識合わせをしていきたいです。

社会へ向き合うということは、やはり一朝一夕では達成し得ない課題に向き合うということ。だからこそ、自分の役回りとしてできるアクションをひとつずつ、自分自身も自分の人生を楽しみながら実行していきたいと思っています。

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飯髙悠太(いいたかゆうた)
ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。
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