主役はパイ。ヘビー層のインサイトから生まれた「パイの実」史上最高のサクサク食感

「『パイの実』ってパイのお菓子なんです」
1979年の発売以来、多くの人々に愛され続けているロッテの「パイの実」。多くの人々の心を掴んで離さないお菓子は、45周年を迎えた2024年に大きなリニューアルを遂げました。「史上最高のサクサク食感にリニューアル」と銘打った新たな商品開発は、「パイの実」を愛する人々の意外な声から始まりました。
ロングセラーブランドの新たな門出を遂げた商品開発の舞台裏を、株式会社ロッテ マーケティング本部の久保田祐揮さんに伺いました。インタビューは神津洋幸(GMO NIKKO TRUE MARKETING副編集長/Z世代トレンドラボ主任研究員/ストラテジックプランナー)と齋藤樹(マーケティングソリューション本部)が務めます。
営業経験から学んだ「対人コミュニケーション」の大切さ
神津:
まずは久保田さんの経歴について教えてください。
久保田:
大学では経営学部でマーケティングなどを学んでいて、お客様の手に渡る瞬間を身近に感じられる有形財を扱う企業に就職したいと思っていました。
ロッテに入社したのは、お菓子やアイスといった身近な商品について、特に興味深く感じていたからです。お菓子やアイスは多くの人が喜んで食べてくれるものであり、誰かに渡して嫌がられることはほとんどありません。今も、「幸せなもの」を自分たちで作ってお客様に届けるという喜びを、日々実感しながら働いています。
神津:
入社後、すぐに「パイの実」のようなお菓子商品のマーケティング担当になったのですか?
久保田:
いえ、入社して7年間は営業担当でした。中部エリアに配属されて、その地域の小売店さんや卸店さんを担当していました。
営業時代では、仕事は「コミュニケーション」で成り立つことを学びました。お客様とのやり取りがうまくいかず、落ち込むこともたくさんありました。それでもめげずにコミュニケーションを図ることで、最終的にものすごく仲良くなれたお客様がたくさんいました。
結局、商売は対人関係であり、誰もいないところで物を作ったり売ったりしているわけではありません。弊社ではよく、「“ロッテさん”ではなく“〇〇さん”と名指しで呼ばれるようになったら一人前」と言われます。この言葉を胸に、一人の人間としてお客様に接してもらうようなコミュニケーションを心がけていました。
神津:
その教訓は、後のキャリアにも影響を与えていそうですね。営業時代を経て、どのようなキャリアをたどったのですか?
久保田:
本社に異動となり、商品戦略室という部署で全国の営業戦略を練る仕事を担当した後、プロモーション課へ異動しています。ここでは小売店さん向けの販促ツール、例えば什器やキャンペーンの企画などを立案する業務に携わりました。
その後、マーケティング本部へと配属されたんですが、すぐに「パイの実」の担当になったわけではなく、2年ほど事業企画課という部署にいました。この部署では、ロッテのマーケティングのフレームワークやロジックモデルの構築など、会社全体のマーケティングの進め方を率先垂範するような役割を担いました。そして、ようやく現在の「パイの実」担当に至ったわけです。
神津:
既存の商品をどう売るかという川下からスタートし、徐々に商品の本質やどんな商品を世に出していくかという川上へとさかのぼるようなキャリアステップを踏んできたのですね。
久保田:
こうして整理すると、すごくいい流れでここまで勉強させてもらえたと感じますね。販売の現場から販売戦略、プロモーション、そしてプロダクト開発と経験を積ませてもらったわけですから。
「パイの実」を支えるこだわり。64層と六角形に込められた想い
神津:
マーケティングを担当されている久保田さんから、「パイの実」というお菓子について紹介してもらえますか?
久保田:
「パイの実」は1979年に発売されました。当時は今のように、スーパーやコンビニで手軽にパイ菓子が買える時代ではありません。百貨店で買うような専門店のスイーツとしてのパイを、もっと多くの方に楽しんでいただきたい。その想いから、「パイの実」の開発がスタートしたと聞いています。
発売当時を知るお客様に話を聞くと、「パイの実」の登場はすごくセンセーショナルだったそうです。板チョコのような無垢チョコレートが主流だった時代、パイの中にチョコレートが入っている商品の斬新さが、大きな衝撃を与えたんだと思います。
神津:
「パイの実」の独自性というと、やはりあのサクサクとしたパイ生地と、中のチョコレートの組み合わせですよね。
久保田:
そうですね。合計64層のパイ生地が生み出す独特の食感と、まろやかなチョコレートのマリアージュが、「パイの実」ならではの価値だと考えています。
この「64」は、偶然の産物ではなく研究の末にたどり着いたこだわりの数なんです。
開発当初はさまざまな層数で試作を重ねられました。パイ生地は層が少ないほどよく膨らむのですが、層同士の結びつきが弱くバラバラになりやすいという欠点があります。実際に16層で作ったものを見たことがありますが、たしかに形がまとまりにくいんですね。
逆に層が64層より増えてくると、今度はパイが膨らまず硬い食感になっていきます。パイがうまく膨らまないと、パイの中の空間がなくなるためチョコレートを注入できなくなってしまいます。
サクサクとした理想的な食感を保ちつつ、チョコレートをスムーズに注入できる最適な層数。
それを追求した結果、たどり着いたのが「64層」だったわけです。
神津:
64層が食感と製造効率の絶妙なバランスを生み出しているのですね。
久保田:
また、六角形の形にも理由があります。パイ生地を効率よく膨らませるためには、本当は正円形が理想的だとされています。パン屋さんで売られているパイに、丸いものが多いのもそのためです。
しかし、生地を丸く型抜いていくとどうしても端材が多く出てしまい、生地のロスが大きくなってしまう。生地の無駄をできるだけ少なくし、かつパイが膨らみやすい形として採用されたのが六角形でした。
齋藤:
機能性とデザイン性が両立された形なのですね。ちなみに、「パッケージのリスは稀に金色の場合がある」という都市伝説を聞いたことがあるのですが、これは本当なのでしょうか……?
久保田:
それは完全に都市伝説ですね(笑)。金色のリスは残念ながらいません。
……でも、ちょっと面白そうですね。次回の企画で検討してみようかな(笑)。
「主役はパイ」ヘビー層の声が生んだ「パイの実」史上最高のサクサク食感
神津:
昨年(2024年)行われたリニューアルでは、出荷数が前年比で大きく伸びたと聞いています。この成功の裏には、どのような取り組みがあったのでしょうか?
久保田:
概要からお話しすると、ロッテは2024年9月に「パイの実史上最高のサクサク食感」をうたい、商品のリニューアルを実施しました。
「パイが主役」に生まれ変わった!45年史上最高のサクサク食感にリニューアル『パイの実』2024年9月17日(火)より全国で発売
私が「パイの実」の担当になった頃、この商品はブランドこそ十分に確立されているものの、伸び悩んでいる時期でもありました。そして、なぜ伸び悩んでいるのか明確な理由が見えておらず、打ち手に困っていたんです。
以前、セミナーで参加者の皆さんに「パイの実を食べたことがある人」と聞いたところ、9割以上の人が手を挙げてくださいました。ところが、「ここ1年以内に食べた人」となると、その数は1割程度にまで減ってしまいました。
この結果は、弊社のデータとも大体一致していました。お客様にヒアリングしても、「『パイの実』は好きだけど、なんとなく最近は食べていない」という方が非常に多かったんです。こうした離反層の人々の声を深掘りしても、なかなか明確な答えにたどり着けずにいました。
神津:
その状況をどのように打開したのですか?
久保田:
改めて「パイの実」の本当の価値を探るため、「ヘビー層」、つまり「パイの実」を頻繁に購入してくださっているお客様に対して調査を行ったんです。すると、「パイの実ってパイのお菓子だよね」という言葉が返ってきたんです。
当たり前に聞こえますが、この言葉は社内の認識と少しギャップがありました。「パイの実」は、弊社の中で「チョコレート菓子」に位置づけられています。商品開発でも、チョコレートの口どけやフレーバーなど、チョコレートありきの発想が当たり前でした。
だからこそ、ヘビー層のお客様の言葉に私たちはハッとしました。「パイの実」の主役はパイであり、「パイの実」は他のチョコレート菓子とは違う唯一無二の存在だったんです。
この「唯一無二」のポジションを活かせば、レッドオーシャンではなくブルーオーシャンで戦えるのではないか。この発想の転換が、「パイ生地そのものに対してテコ入れしてみよう」というブレイクスルーにつながりました。
齋藤:
商品を愛してくださっているお客様のインサイトが、商品開発の盲点に気づかせてくれたのですね。リニューアル後の反響はいかがでしたか?
久保田:
SNSでは、「久しぶりに食べたら、めちゃくちゃ美味しくなってる!」「本当にサクサクだ!」といった嬉しいお声をたくさんいただきました。弊社のお客様相談室にも、「リニューアルして本当に美味しくなった、ありがとう」というご意見をいただきました。
神津:
「パイの実は、パイのお菓子」という本質的な価値に立ち返ったリニューアルが、お客様にもしっかりと届いているのですね。
久保田:
今回のリニューアルは、あくまでファーストステップだと考えています。現在は「パイの実」をより多くの方に体験していただくために、さまざまな取り組みを行っています。
例えば直近では、「炙りパイの実」という食べ方を提案しています。行楽シーズンのバーベキューなどで、「パイの実」を軽く炙って召し上がっていただくというものです。パイ生地がパリパリになり、中のチョコレートがトロッと溶けて、格段に美味しくなるんですよ。
この食べ方は私たちが新たに考案したわけではなく、お客様がキャンプなどで実践されているアイディアから生まれました。
3月にはファミリーレストランの「100本のスプーン」様とコラボして、パイの実をさまざまな料理の食材としてフルコースを作るというイベントを企画させていただきました。
ロッテ「パイの実」が「100本のスプーン」と初のコラボレーション
このように、「パイ」という視点から新しい体験価値を提供しようと施策を展開しています。
神津:
パイという本質に着目した企画で、ブランド体験の幅を広げているのですね。おそらくチョコがない「パイの実」の発売もそうした企画の一つだと思いますが、非常に大胆な挑戦だと感じました。
新感覚おつまみ系パイのみ誕生!『シャカシャカパイのみセット』パイのみはシャカシャカ振って味変して食べる新時代へ! | 株式会社ロッテのプレスリリース
久保田:
ギャグのような商品ですよね(笑)。
でもこれも、パイそのものの美味しさをダイレクトに味わってもらいたいという想いから生まれました。そのまま召し上がっていただくのはもちろん、ヨーグルトのトッピングにしたりクルトン代わりにスープに入れたりと、アレンジを楽しんでいただけます。
さらに「シャカシャカパイのみセット」は、チョコを抜いたパイのみに、コンソメパウダーなど5種類の味つけパウダーをお客様ご自身で振りかけてシェイクして楽しめる、新感覚のおつまみ系パイのみとしてオンライン限定で発売したところ、即日完売するほどご好評いただきました。
社内外を巻き込んだアナログコミュニケーション
神津:
こうした企画は、社内ですんなりと受け入れられたのでしょうか?
久保田:
すんなり、というわけにはいきませんでした。これまでさまざまな限定企画には取り組んできたものの、通常の箱形態で新しい商品を作ることに対して、研究開発部門や工場から懸念の声が上がりました。
「パイのみ」の場合、これまで通常の箱形態でチョコレートを入れないで生産したことがなかったため、既存の生産ラインでうまく生産できない可能性を指摘されました。
以前は「そんなリスクがあるなら生産・発売しない方がいい」という判断になりがちでしたが、今回は「主役はパイ」という明確な戦略があった。そこで、新たな戦略について粘り強く説明し、パーセプションチェンジを図ることから始めました。
「主役はパイ」というスローガンは単発の話題作りではなく、ブランドの根幹に関わる戦略であること。それを根気強く伝え続けたことで、「戦略を実現するために一度テストしてみましょう」と、関係各所を巻き込んでいくことができたんです。
その結果、生産ラインで商品を製造できることが分かり、販売にこぎつけることができました。
神津:
周りを巻き込むことで実現した施策だったのですね。周囲を説得するのに、意識したことはありますか?
久保田:
「意思統一」が何よりも重要だと考えました。
品質を作り上げるのは研究部門、生産するのは工場、運ぶのは物流、そして売るのは営業です。マーケティング部門はあくまで窓口でしかない。だからこそ、「みんなで作ってお客様に届けましょう」という共通認識を持つことが大切です。
工場の皆さんと話す時も、通常は電話やオンラインでのやり取りが中心ですが、直接工場に足を運び、自分の言葉で説明することを心がけました。滋賀の工場を訪れてブランド戦略を説明した時は、「直接来て話してくれるのは本当に嬉しい。一緒に頑張ろう」と言ってくださいました。直接会って話すことの重要性を、再認識した出来事でした。
本質的な価値を軸に「ほっこり」を届けるブランドへ
神津:
久保田さんは、長く愛されているロングセラーブランドの課題はどこにあると思いますか?
久保田:
事情はブランドによってさまざまだと思いますが、あえて言うならば「何が課題なのかがわからないこと」ではないでしょうか。売上が急激に落ち込んでいる場合は明確な課題が見えやすいですが、横ばいや微減が続いているブランドは、課題が分からず暗中模索に陥りがちです。
極端な話、限定商品をたくさん投入すれば売上を一時的に伸ばすことはできるでしょう。しかしマーケターとしてもっとも大切なのは、ブランドの核となる定番商品の強化に向き合うことだと思います。
神津:
「パイの実」は「主役はパイ」という本質的な価値に回帰したことで、定番商品の停滞を打破したわけですね。
齋藤:
本質的な価値で顧客とつながり続ける上で、商品のリニューアル以外に取り組んでいることはありますか?
久保田:
「パイの実」には、機能的な価値である「パイの美味しさ」に加えて、もう一つ大切にしている価値があります。それは、「絵本のようなほっこりする世界観」という情緒的な価値です。パッケージデザインもそうですし、リスのキャラクターたちが織りなす物語性も、この「ほっこり感」を演出する重要な要素だと考えています。
「パイの実」は、パッケージの世界観からお子様向けに見えますが、メインのターゲットは大人です。大人がまず好きになり、その楽しさを家族やパートナー、友人と共有するという流れが理想のブランドです。
『ポケットモンスター』や『名探偵コナン』といった人気コンテンツは、作品を愛している大人が自分の子どもと一緒に楽しむという流れが形成されています。「パイの実」も、子どもの頃に出会って好きになり、大人になっても変わらず愛し続け、次の世代に伝えていきたいと思えるブランドに育てていきたいです。
神津:
大人をターゲットにする以上、商品自体のクオリティにも高いレベルが求められそうですね。
久保田:
そうですね。実際、「パイの実」のクオリティには並々ならぬこだわりがあります。
例えば「パイの実」のパイ生地は、「低温で寝かせる」という工程を経ています。この低温熟成によってあの独特のサクサク感が生まれるんです。
「100本のスプーン」様とコラボイベントを開催した際、料理長の髙橋徹也シェフに言われました。シェフが言うには、さまざまな生地やお菓子の中で、パイ生地というのは非常に高度な技術が必要なのだそうです。それを64層かつ小さな粒に凝縮して、この数百円という価格帯で発売するのはプロから見ると驚くべきことだと。
その言葉を聞いて、改めて「パイの実」の品質の高さを認識しました。このこだわりを、もっともっと積極的に発信していきたいと考えています。
神津:
プロの料理人も認める技術が詰まっているのですね。今後、「パイの実」の価値を伝えるために何をしたいですか?
久保田:
「パイの実」の可能性は無限に広がっていると感じています。現在は、パイを基軸にしたチョコレート菓子だけではない領域への拡張も検討中です。また、食材としてスープや料理に使う提案も進めていくなど、道を切り開いていきたいですね。
神津:
カテゴリーエントリーポイントを増やしていくということですね。
久保田:
また、お菓子の領域に留まらずお客様に「ほっこり」や「ワクワク」を届けられるのであれば、形は問わないと考えています。昨年出版した絵本もそうですし、企業様とのグッズ展開も積極的に行っています。
初めて絵本に!(※) 「パイの実」45年目の初挑戦!「パイの実」×「フレーベル館」が初コラボ!2024年9月6日(金)発売 | 株式会社ロッテのプレスリリース
最近、社内では「お菓子作ってないじゃん」と突っ込まれることも多いです(笑)。それでも、お客様に幸せな気持ちになってもらうという上位概念で考えれば、これらも全て「パイの実」ブランドが提供できる価値だと思っています。
神津:
これから「パイの実」がどのような進化を遂げていくのか、ますます楽しみです。

- ライター:神津 洋幸(こうづ ひろゆき)
- TRUE MARKETING副編集長
Z世代トレンドラボ主任研究員
ストラテジックプランナー、リサーチャーとしてWebプロモーションの戦略立案、各種リサーチなどを担当。
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