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自分を信じて突き進んだ道で見つけた価値と成果。異色のマーケター・春日壯介のキャリアの変遷

2025.12.19Premium Contents
自分を信じて突き進んだ道で見つけた価値と成果。異色のマーケター・春日壯介のキャリアの変遷

芸術系の大学でデザインを学び、その後ソフトバンクのWebマーケターとなるかたわら、副業としてSpring Sun(現Spring Sun株式会社)を立ち上げ。現在はみずほ銀行で最先端のAIマーケティングを推進。春日壯介さんのキャリアは一見すると脈絡がありませんが、自身の経験やスキルをかけ合わせることで、唯一無二の価値を生み出してきてきました。

彼は挫折や逆境をいかにして、自身の強みに変えてきたのか。当社の神津洋幸(GMO NIKKO TRUE MARKETING副編集長/Z世代トレンドラボ主任研究員/ストラテジックプランナー)が話を伺いました。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:神津洋幸)

意外な進路で生み出した「デザイン×数値」という価値創造

神津:
春日さんは大学の芸術学部からマーケターという、ユニークなキャリアを歩んでいるのですよね。どのような経緯で、この方向転換がなされたのですか?

春日:
順を追って説明すると、私は日本大学芸術学部、いわゆる「日芸」で自動車や家電、雑貨などのプロダクトデザインを学びました。4年間ずっと一緒だった同級生たちは、大手電機機器メーカーやジュエリー会社のデザイナーなど、ものづくりの世界に進んでいます。

神津:
まさにデザイナーとしての道を歩まれていたのですね。

春日:
私も、そうした企業のインターンに参加していました。ただ、私が就職活動をしていたのはちょうどリーマンショックの直後で、メーカー系の採用が極端に絞られてしまったんです。ある大手自動車メーカーのデザイナー試験も受けましたが、落ちてしまいました。

この時点で、私の年齢は20代後半。新卒としては年齢が高めで、年齢差を覆すほどの実力を示せませんでした。そんな中で、選考が順調に進んだのがソフトバンクだったんです 。当時のソフトバンクは8期連続で営業最高益を更新していて、とにかく勢いがあった。面接官も若くてエネルギッシュで、「ここでは何でもできる」という雰囲気に惹かれました。

実はこの時、医療機器メーカーのデザイナーとして内定もいただいていましたが、私はソフトバンクへの入社を選びました。

神津:
デザイナーのほうが、学生時代に学んだ内容を生かせると思いましたが、なぜですか?

春日:
私は生まれつき脊髄の病気を持っているのですが、下半身麻痺の進行の影響で過去に4回の手術を経験しています。手術とそれに伴う治療で、18才と23才でアメリカでの手術も経験し、アメリカの医療制度を目の当たりにしてきました。

その経験から、「経済的な安定」が自分にとって非常に重要だと痛感しています。そのため、プロダクトデザインではなく成長著しいソフトバンクを選んだんです

神津:
自身の経験からくる価値観が、キャリアの大きな選択につながったのですね。そのソフトバンクで、Webマーケティングの道を進むこととなるわけですよね。

春日:
はい。デザインソフトも使えるしデザイナーとしてのスキルもあったので、入社当初は「制作会社に派遣してほしい」なんてアピールしていましたが(笑)。もちろんそんな希望は通らず、Webディレクターとして働くことになりました。

仕事をしていてすぐ、私はソフトバンク特有のカルチャーに驚きました。それは、あらゆる活動が売上や利益に直結しているというものです。サイトのデザイン改善を提案しても、「このバナーの色をこれに変えたら、いくら売上が上がるのか?」という疑問に答えられなければならないんです。

どうしたものかと考えた末、思い至ったのはクリエイティブの専門性と、「定量的に語る」というソフトバンクの文化のかけ算でした。クリエイティブと売上の相関性を突き詰めて考え、独自に研究を重ねていき、実績を出していったんです。この取り組みが、マーケターとしての私のスタートだったと思います。

神津:
当時はまだ、デザインと数値を結びつけて考えるマーケターは少なかったのではないでしょうか。だからこそ、その歩みが春日さんに独自の価値を生み出したのですね。

「誰かのために」という想いで立ち上げられた新事業

神津:
ソフトバンクで働きながらSpring Sunを立ち上げていますが、どのような経緯だったのでしょうか?

春日:
ソフトバンクには、「ソフトバンクイノベンチャー」という社内起業制度があります。私も自身の経験からある事業に応募しました。応募のきっかけとなったのは、私自身が障がい者採用で入社し、社内で活躍する中で感じた課題でした

神津:
どのような課題ですか?

春日:
私は人事からの依頼で、障がいを持つ採用候補者と面談する機会がありました。候補者の中には、TOEICが高得点だったり、コミュニケーション能力が非常に高かったり、ものすごく優秀な人がたくさんいたんです。しかし、その方をサポートできる社内設備が足りなかったり、当時はまだリモートワークが普及していなかったりという理由で、採用に至らないケースを見てきました。

そこで、高い能力を持つ障がいのある方と、「彼の英語力を活かして翻訳してほしい」といった企業のニーズをマッチングさせるビジネスを提案したんです

神津:
社会的な意義のある素晴らしいアイディアですね。

春日:
しかし、このプランは最終審査で落ちてしまいました。このビジネスに高い収益性が感じられないというのが、審査員の判断だったのでしょう。とはいえ、発案者として諦めきれませんでした。

ある時、社内のエレベーターで50代の見知らぬ男性社員に声をかけられました。「春日さん、障がい者向けのビジネスをやってるらしいですね」と。彼はネットワークエンジニアの方で、「実は私には障がいを持つ息子がいるんです」と、フロアのフリースペースで突然語り始めました。

「私たち夫婦がいなくなった後、他の誰かに息子の面倒をかけさせるのはしのびない。息子が独り立ちできるようになるためにも、あなたの事業をぜひ成功させてほしい。何か手伝えることはないか」

彼は涙ながらにそう話してくれたんです。その想いが強く胸に刺さって、「絶対にやるしかない」と覚悟が決まりました。そこで、社内のいち事業ではなく自分で始めようと思ったんです。それが、Spring Sun設立へとつながりました。

神津:
春日さんや周囲の熱意から事業が始まったのですね。Spring Sunではどのような事業に取り組んでいるのですか?

春日:
主に5つあります。1つ目はWebサイト制作やバナー制作などの、Webマーケティング全般のサポートです。2つ目はユニバーサルデザインのサポートで、障がいを持った方や体の不自由な方など、お困りごとを抱える方々の商品開発やリサーチをお手伝いしています。3つ目は新規事業開発のサポート。4つ目はバックオフィスの業務サポート。そして5つ目は学校での授業や企業向けセミナーの実施です。

Spring Sun ホームページ

神津:
多くの事業を手がけるなかで生まれたのが、下肢障がいの方向けの紳士用ビジネスシューズなのですね

春日:
ありがたいことに、このシューズはグッドデザイン賞を受賞しました。足に麻痺があったり杖を使っていたりする方でも、非常におしゃれな方はたくさんいます。こうした方々に話を聞くと、ジャケットやスラックスで格好よく決めても、靴だけはどうしても運動靴になってしまうという悩みを抱えていました。

つまずきにくさや姿勢の保持を考えると仕方ないのですが、「だからこそ良い靴が欲しい」という声が多くありました。そこで、装具をつけていても簡単に脱ぎ履きできる広い履き口を持ち、特殊なマグネットでしっかりと固定できるビジネスシューズを、靴職人といちから開発したんです

神津:
学生時代にプロダクトデザインを学んでいた春日さんにとって、グッドデザイン賞の受賞は感慨深いものがあったのではないですか?

春日:
そうですね。プロダクトデザインの世界でも、靴のデザインに関わることは大きな憧れでした。Webマーケターという道から始まり、巡り巡って製品をつくる機会に恵まれてそれが高く評価されたことは、製品デザインを学んできた者として本当に嬉しかったです。

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メガバンクで取り組むAI活用

神津:
順調にキャリアを歩む中で、みずほ銀行というメガバンクへ転職するのは大きな挑戦だったと思います。なぜこの道を選んだのですか?

春日:
ソフトバンクに12年勤めて個人事業主としても活動する中で、世の中が評価する自分の市場価値と、会社が評価する価値は違うのかもしれないと思うようになりました。外の世界も見てみようと考えたのが、転職の主な理由です。

神津:
転職活動をされる上で、何か軸はあったのですか?

春日:
いくつかありました。まずは誰もが知っている企業であること。そして、面白そうな新規事業開発に関われること。最後に、副業ができることです。この3つの軸で20社ほどリストアップし、声がかかれば積極的に話をしてみようと思いました。その中でご縁があったのが、みずほ銀行だったんです。

神津:
メガバンクというと、今の条件に当てはまらない硬派なイメージがありますが、実際にはどうなのでしょうか?

春日:
少なくとも、私がいるデジタルマーケティング部門は非常に柔軟です。現在在籍する社員は6割以上が中途採用で、外部の知見を積極的に取り入れています。それに金融機関は、「人」と「お金」という生活の根幹を担うデータを扱っているため、新規事業開発にも取り組みやすいと思いました。

神津:
現在、みずほ銀行ではどのような仕事をしているのですか?

春日:
主に3つあります。

1つ目は、Googleやソフトバンクといった外部企業との協働の事務局機能と推進。
2つ目は、AIとマーケティングを掛け合わせた取り組み。
そして3つ目は、みずほ銀行各所管部への広告出稿調整やマーケティングスキルの底上げといった、組織を横断した活動です。

神津:
どれも興味深いですが、やはり今話題のAI活用にみずほ銀行がどう取り組んでいるのかとても気になります。

春日:
AIの取り組みで注力しているのは、AIOなど検索行動の変化への対応とマーケティング業務の効率化などです。

また、世の中のトレンドや最新情報を反映させる必要がある企画業務などでは、外部のAIサービスを活用しています。経営層が率先してAIを使っており、社内で社員が自由にAIを使える環境を整えているので浸透してきている気がします。
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神津:
トップが主導しているのは素晴らしいですね。マーケターの観点で、AIを使うことのメリットはどこにありますか?

春日:
ターゲット理解の深化に役立っています。 例えば、若年層向けのキャンペーンを考える際、我々のような世代では彼らの「刺さるポイント」が感覚的に掴みづらいことがあります。そこでAIにペルソナを持たせて壁打ちすることで、彼らの思考や嗜好を再認識しています。

他にも、制作プロセスや承認フローの効率化にAIを活かせないか検討中です。金融機関という特性上、バナーやメルマガを一つ展開するのにも、多くの関係者の承認が必要です。最終的に人による判断は必要ですが、AIによる事前チェックや土台作りで、承認プロセスを簡略化したいと考えています。

一方で、私としてはAIありきではない「本質の見極め」という部分も重要だと考えています

神津:
本質の見極めというと?

春日:
世の中ではしきりにAI活用が騒がれていますが、AIありきで事業や仕事を考えないようにしています。ミクシィやメタバースのように、これまでさまざまな流行が生まれては縮小していきました。AIも同様で、本当に導入する意味があるのか、どの業務に活用すべきなのか、人がやるべきことは何かを冷静に見極めながら、地に足のついた活用を進めることを心がけています。

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キャリアの軸は「ミクスチャー・ロック」

神津:
春日さんはデザインやマーケティング、金融など多くの分野での仕事を経験しているわけですが、多様なキャリアを歩む中で大切にしている「軸」はありますか?

春日:
私は「混ぜる」という感覚をとても大切にしています。一見するとつながらないものでも、混ぜ合わせることで新しい価値が生まれ、みんなが喜んでくれる瞬間があるんです。

高校時代から大好きなロックアーティストに、レッド・ホット・チリ・ペッパーズがいます。彼らは「ミクスチャー・ロック」の元祖と言われていて、ロック、メタル、パンク、ジャズ、ポップスなどのジャンルをミックスしている点に、独自の価値とかっこよさがあるんです。

「障がいを持った人」と「一流のWebマーケティング」を組み合わせたらどうなるか。
「デザイン」と「障がいを持った人」で何が生まれるか。

そうやって全然違うジャンルを組み合わせることで、誰かが敷いたレールの上ではない、自分だけの独自の価値が生まれます。無理に頑張らなくても、価値として認めてもらいやすくなるんです。

神津:
そう考えると、まさに春日さんのキャリアはミクスチャーそのものですね。その中でも、「障がい」というテーマが、春日さんにとって大きな軸の1つになっていると感じました。

春日:
そうですね。ただ、私は当事者だからこそ、他の人とは少し違うアプローチを意識しています。健常者の方が障がいを持つ人に接するとき、どうしても腫れ物に触るような感覚になることがあると思います。でも私は当事者なので、結構ズケズケ言うんです。「甘えてる」とか「もっと能力を伸ばしてほしい」とか。

私は当事者として、ある意味で障がいを持つ方々に一番厳しい存在でありたいと思っています。「障がいを持っているからしかたない」という世界で生きるのではなく、1人のマーケターやデザイナーとして正当に評価される。そんな世界で障がいを持つ人たちには生きてほしいし、私はその世界観を牽引できる存在でありたいと思います。

実際、私はソフトバンクでもみずほ銀行でも多くのプロジェクトやタスクをこなしています。ソフトバンク時代は、1日メールが500通来て、ミーティングも朝から晩まで10本こなす毎日を送っていました。

体力にまったく自信がないなか、どうすればこの仕事をこなせるのかを試行錯誤した結果、処理能力が鍛えられていきました。障がいを持っているからこそ、特定の能力が異様に発達することがあります。この成長のプロセスを楽しんでいるんですよね。

神津:
ちなみに春日さんは、どうやって膨大なタスク量をこなしているのですか?

春日:
やっていることは非常にシンプルで、すべてのタスクを4つの箱に分けて考えています。「重要かつ、すぐやるべきこと」「重要だが、時間がかかること」「重要でないが、すぐできること」「重要でなく、時間もかかること」の4つです。

神津:
いわゆる緊急度と重要度のマトリクスですね。

春日:
これを仕事だけでなく、プライベートも含めてすべての事柄に当てはめています。例えば、娘が何かでひどく悩んでいたら、「重要かつ、すぐやるべきこと」の箱に入るので、他のすべてに優先して対応します。頭の中ですべてのタスクがこの4つの箱に整理されているので、あとは順番に処理していくだけ。ポストイットなども一切使わず、脳内で完結させています。

神津:
脳内だけで完結!それがまさに処理能力の鍛錬の賜物という感じがします。

障がいを持つ方々の希望となる人材を輩出していきたい

神津:
春日さんは今後、新たにチャレンジしたいことはありますか?

春日:
みずほ銀行でやりたいことは2つあります。1つは、日本のトップマーケターたちに「みずほはこんなにすごいマーケティングをやっているのか」と認知してもらえるような大きな仕事を成し遂げること。最先端の情報や人材、予算にも恵まれた環境なので、それを最大限に活かしたいですね。

もう1つは、みずほ銀行のなかで障がいを持った方がより輝ける世界を実現することです。ソフトバンク時代では、聴覚障がいのあるデザイナーが大手広告代理店とのコンペに勝ち、皆さんが知っているような広告ビジュアルを制作していました。そうした事例を、みずほでも作っていきたいです。私自身も今年度「みずほ楽天カードの企画開発・リリース」の取り組みで、<みずほ>のパーパス「ともに挑む。ともに実る。」やバリュー「変化の穂先であれ。」を体現した取り組みとして年に1回表彰される「みずほアウォード」で社員からの最多得票で「社員特別賞」を受賞しました。私はこの取り組みでWeb広告やWebページなどWebマーケティングを牽引していました。

個人としては、「障がいがあるから」という文脈ではなく、健常者も含めたフラットな世界で一流として活躍できる方々を増やすことが夢です

高校時代、私が半身麻痺が悪化して落ち込んでいた時、病院のカウンセラーが車いすで会社を経営しているビジネスマンに会わせてくれました。その人に「なぜそんなくよくよしてんだい?」と言われ、価値観が大きく変わったのを今でも覚えています。その後、手術をした時も同じような境遇で雑誌の編集長として活躍する人を紹介され、マインドセットを変えてもらいました。

ベンチマークになる人がいると、「自分もこうなれるかもしれない」と目指せるようになります。だから、私自身も含めて、そういう存在を一人でも多く増やしたいんです。

神津:
障がいを持つ方々の目標となる存在を増やすことが、大きな希望につながるのですね。とても素敵な夢だと思います。最後に、若手マーケターに向けてメッセージをいただけますか?

春日:
3つあります。1つ目は「好きなことをやってください」。私が美大から畑違いのマーケティングの世界でやってこられたのは、デザインという一芸を持っていたからです。好きを極めることが、自分だけの武器になります。

2つ目は「自分を大切にしてほしい」です。上司に何か言われたり、周りと比べたりして、自信をなくすこともあると思います。でも、私は誰かのアドバイスより、自分自身と向き合って出した結論を信じてきました。まずは自分を認め、信じて、自分の道を進んでほしいです。

そして3つ目は、「外からどう見えているかを意識してください」です。先ほどの話と矛盾するかもしれませんが、私は尊敬するソフトバンク時代の上司に「自分を三角錐だと思え」と教わりました。

横から見れば三角形でも、底から見れば丸に見える。自分が頑張っているつもりでも、周りにはそう見えていなかったり、逆に思った以上に評価されていたりする。自分の「好き」を貫くことと、市場価値という外からの目を意識すること。この両輪が、良いキャリアにつながると思います。

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サトートモロー  インタビュアー:神津洋幸
ライター:サトートモロー  インタビュアー:神津洋幸
サトートモロー
 ライター・カメラマン
 オウンドメディア対談、事例記事、採用記事など多数のジャンルに対応。
 NovelJam 2024参加作品『子午線』が高橋文樹賞を受賞。
 X(twitter)

神津洋幸
 TRUE MARKETING副編集長
 Z世代トレンドラボ主任研究員
 ストラテジックプランナー、リサーチャーとしてWebプロモーションの戦略立案、各種リサーチなどを担当。
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